「骨盤矯正」って本当に必要?

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“骨盤の歪み”という言葉を、少し慎重に考えてみたい

「骨盤が歪んでいますね」
「この歪みが痛みの原因です」
「定期的に矯正しないとまた戻りますよ」

こうした説明を受けたことがある方は、少なくないかもしれません。

最初に、私の立場をはっきり書いておきます。

私は理学療法士として仕事をしてきましたが、“骨盤矯正”を自分の臨床で行ったことはありませんし、必要だと思ったこともありません。
少なくとも、医師にリハビリの経過を報告する場面で、私は「骨盤矯正をしておきました」とはとても言えません。そういう意味で、私自身は骨盤矯正というものを、かなり慎重に、むしろ懐疑的に見ています。

もっと率直に言えば、私個人としては、骨盤矯正には危うさがあるか、少なくとも意味がはっきりしないことが多いと感じています。さらに言えば、骨盤や痛みの理解が十分整理されないまま、「骨盤が歪んでいる」「矯正しないと治らない」と説明しているケースも少なくないのではないか、という印象があります。

ただ、私が以前から気になっているのは、骨盤矯正という施術そのものを一律に否定したい、ということではありません。むしろ問題だと感じているのは、“骨盤の歪み”という曖昧な概念を、あたかも確定した異常所見のように扱い、不安をあおったうえで継続的な施術や治療院などで高額な回数券につなげるビジネスのあり方です。

この記事では、「骨盤矯正は絶対に悪い」と言いたいわけではありません。
ただ少なくとも、「骨盤が歪んでいるから痛い」「矯正しないと治らない」といった断定的な説明には、慎重であるべきではないか、という立場から書いています。

いちばんの問題は、「骨盤矯正」の定義が曖昧なことです

私は、骨盤矯正をめぐる本質的な問題は
「骨盤が本当に歪むのか」
「矯正で本当に戻るのか」
という議論だけではないと思っています。

もっと根本的な問題は、“骨盤”“歪み”“矯正”の定義が人によってバラバラなことです。

たとえば「骨盤」と言っても、

  • 仙腸関節を指す人
  • 骨盤帯全体を指す人
  • その周囲の筋肉や姿勢まで含める人

がいます。

「歪み」も、

  • 関節のズレ
  • 前傾・後傾
  • 左右差
  • 仙骨や寛骨の動き
  • 骨盤周囲の筋の硬さ

など、意味が一定していません。

「矯正」も、

  • 骨の位置を戻すこと
  • 可動域を広げること
  • 姿勢を整えること
  • 筋肉をゆるめること

まで含まれてしまいます。

つまり、「骨盤矯正」という言葉は、何を評価して、何を変えて、何をもって改善とするのかが非常に曖昧です。
この曖昧さがあるまま話を進めれば、施術者と患者さんの間で同じ言葉を使っていても、実際にはまったく別のものを思い浮かべている、ということが起こります。


骨盤は、そんなに簡単に大きく歪む構造ではありません

骨盤、とくに仙腸関節は、強い靭帯で支えられていて、大きく動く構造ではありません。
仙腸関節の動きについてのレビューでは、回旋も並進もごく小さい範囲にとどまるとされており、2019年の研究でも、生理的荷重下での仙腸関節の動きはsub-degree / sub-millimeter range(1°/1mm未満の範囲)、つまり非常に小さい範囲だったと報告されています。Source Source

このあたりの知見を見ると、少なくとも私は、
「日常生活で骨盤が簡単にズレる」
「そのズレが不調の根本原因になる」
「手で押せば位置を戻せる」
という説明を、そのまま信じる気にはなれません。


しかも、人の骨盤はもともと完全対称ではありません

さらに大事なのは、骨盤の左右差や非対称性そのものが、珍しいことではないという点です。
CTを用いた3D解析では、調べた150例すべてに何らかの非対称性が認められ、骨盤輪は完全に対称な構造ではないと報告されています。Source

つまり、多少の左右差があること自体は、必ずしも異常とは言えません。
それにもかかわらず、「左右差がある=歪んでいる=治さないといけない」と短絡的に話が進むなら、それはかなり乱暴だと思います。

「触っただけで歪みがわかる」とは言いにくい

骨盤矯正の現場では、「触ればわかる」と言われることがあります。
ですが、骨盤まわりのランドマーク、たとえばPSISの左右差を触診で評価する方法については、系統レビューで臨床利用を支持できるほどの検者間信頼性がないとされています。Source
簡単に言うと「触って“骨盤の歪み”を見抜ける、とは言いにくい」
ということです。たとえば施術者が骨盤の出っ張り(PSIS。腰の少し下、左右に触れる骨の目印)を触って、「右が下がってますね」「骨盤が歪んでいますね」と言ったとします。
でも研究では、同じ人の体を別々の施術者が触ると、判断が一致しにくいことが示されています。つまり、Aさんは「歪んでいる」と言い、Bさんは「いや、そこまでではない」と言い、Cさんは別の見立てをする、ということが起こりやすい、という意味です。そうなると、「触った結果」だけを根拠に骨盤の歪みを断定するのは信頼しにくい、という話になります。

さらに、低背部痛評価におけるmanual palpation全体を見たレビューでも、骨性指標や関節可動性の触診の信頼性は低く、妥当性もはっきりしないとまとめられています。Source

触診そのものがまったく無意味ということはもちろんありませんが、「これで骨盤の歪みがはっきり分かる」とまでは言えない、ということです。だから私は、「触ったら骨盤の歪みがわかる」「この痛みはその歪みのせいだ」といった説明には、かなり慎重であるべきだと思っています。


施術で少し楽になることがあっても、それは「骨盤が整った」とは限りません

ここは丁寧に分けて考えたいところです。
徒手療法を受けて、痛みが少し軽くなったり、体が動かしやすく感じたりする人がいること自体は否定しません。急性腰痛に対する脊椎マニピュレーションでは、短期的には痛みや機能に控えめな改善がみられたという系統レビューもあります。Source

ただし、そのことと、骨盤の位置が物理的に“矯正された”ことは別です。
実際、仙腸関節 manipulation 後に臨床テストは変化しても、精密画像では仙腸関節の位置変化は確認されなかったという研究があります。Source

症状が一時的に和らぐことはあり得ても、それを「歪みが治ったから」と説明するのは、少なくとも私には言い過ぎに思えます。


私が問題だと思うのは、「不安を売る」説明です

たとえば、

「骨盤が歪んでいる」
「それが痛みの原因だ」
「矯正しないと悪化する」
「定期的に通わないと戻ってしまう」

こうした説明は、患者さんにとって非常に強いメッセージになります。
そして、もしその前提となる評価や定義が曖昧で、しかも根拠が十分でないのであれば、その説明は患者さんの不安を必要以上に大きくし、継続的な施術への依存を生みやすくなります。骨盤の左右差そのものは珍しいことではなく、触診による「歪み」評価の信頼性にも限界があることを踏まえると、なおさら慎重な説明が必要です。 

さらに問題なのは、こうした説明が、本来必要かもしれない整形外科などでの評価や、適切な医療機関受診を遅らせるおそれがあることです。たとえば、強い痛み、しびれ、発熱、外傷後の症状など、本来はまず医療機関で確認すべきサインがあっても、「骨盤の歪みのせい」と説明され続ければ、原因の見極めが後回しになってしまうかもしれません。

私は、「骨盤矯正」という言葉そのものよりも、曖昧な“歪み”概念を既成事実のように教え込み、それをもとに高額な回数券や長期契約を勧める体制のほうに、より大きな問題を感じています。


産後の「骨盤矯正」は、なおさら慎重であるべきです

産後はたしかに、体が大きく変化した時期です。
骨盤周囲の違和感や痛みが出ることもありますし、つらい思いをしている方がいるのも事実です。

ただ、妊娠関連の骨盤帯痛は、多くの人で産後3か月以内に症状が落ち着くとされる一方、一部では持続します。Source
つまり、「産後は必ず矯正しないと戻らない」とも、「全員が何もしなくても完全にすぐ元通りになる」とも、単純には言えません。

また、産後の骨盤の話ではリラキシンというホルモンがよく持ち出されますが、妊娠関連骨盤帯痛との関係についての系統レビューでは、関連を支持する根拠は低いとされています。Source

そのため、「産後で骨盤が開いているから矯正が必要です」という説明にも、私はかなり慎重であるべきだと考えています。


妊婦さんや産後の方への介入は、「安全が十分にわかっている」とは言いにくいです

妊娠中・産後の脊椎マニピュレーションに関するレビューでは、有害事象の報告は多くない一方で、報告数そのものが少なく、研究の質も十分ではありません。重篤例も一部に報告されており、今後の安全性報告の改善が必要とされています。Source Source

つまり、「危険が頻繁に起こる」とまでは言えないにしても、安全性が十分に確立していると楽観的に言える状況でもない、というのが妥当だと思います。
だからこそ、妊婦さんや産後の方に対して、利益も不利益も曖昧なまま強く勧めることには、私は否定的です。


私個人の結論

私個人としては、産後骨盤矯正をあえて積極的に受ける必要は、基本的には高くないと思っています。
また、「骨盤矯正」を看板に掲げている治療院に対しては、やはり慎重に見たほうがよいと感じます。

そのくらい、“骨盤矯正”は標準的な医療・リハビリの言葉としては扱いづらいものだと感じています。


おわりに

「骨盤矯正」が絶対に悪だ、とまでは言いません。
ただ私は、

理学療法士としての経験と現在の科学的知見、そして世の中に“骨盤の歪み”をめぐる神話のような説明が広く浸透している現状

を踏まえると、骨盤矯正にはかなり慎重であるべきだと思っています。

特に、

  • 骨盤が歪んでいると断定すること
  • その歪みが痛みの原因だと決めつけること
  • 矯正しないと良くならないと不安をあおること
  • 高額な継続契約につなげること

これらは、患者さんにとって不利益の大きい説明になり得ます。

だから私は、「骨盤矯正は本当に必要ですか?」と聞かれたら、まずは
“その前に、何を骨盤と呼び、何を歪みと呼び、何を根拠に必要だと言っているのかを確認したほうがいい”
と答えたいと思います。


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